国際政治のエッセンスに触れるならこの3冊


ずいぶんと読書コーナーに本を追加していない。読んではいるんだけど、あまりにも長い大河小説を何本も平行して読んでるので書けない。なのでしばらくは趣向を変えて、オススメリストでも作ってみようかな。

勉強会用

内内で、"学問を教養として学ぶ""文献を読み合わせて議論し、エッセンスをつかむ"勉強会をやっている。やっていた、んだけど今度改めて再開することになった、というのが正解か。


以前の例では、岩井克人の『会社はこれからどうなるのか』を読み込んで、各人の肌感覚や、経験してきた事例と組み合わせて、わかった気になる、というもの。あるいは、議論そのもので言いたい放題喋って発散する、というもの。


今後の流れとしては、特定の専門分野のエッセンスを抽出し、時にその専門家をゲストスピーカーとして招きながら、参加者の教養の幅を広げていく、みたいな方向に持っていくんだろう。


というわけで、自分が大学時代専攻していた国際政治学を思い出して、エッセンスを確実に吸収するために必要な本を3冊、選んでみた。

1冊目

最初はこれ。E・H・カー『歴史とは何か』

歴史とは何か (岩波新書)

歴史とは何か (岩波新書)

国際政治の考えの基本に、リベラリズムとリアリズムというものがある。端的に言うと、リベラリズムは、「今100万人が戦争で死んでいる。誰も死なない世の中にするにはどうすればいいか」を考えるやり方で、リアリズムは、「今100万人が戦争で死んでいる。99万9999人の死者で済ますにはどうすればいいか」を考えるやり方である。


僕はリアリストの先生ばっかりの大学で学んじゃったせいか、完全にリアリストである。東大とか早稲田だと多少はリベラルもいる感じがするけど。この考えって、一度偏っちゃうと、なかなか"公平な視点"*1で世の中を見るのが難しくなってくる。例えば、教科書なんかでも、ずいぶんと書く人がどちらの立場によっているかで、事象の解釈が異なっていて、同じ出来事でも全然違う風に書かれてしまったりする。当事者間で全然解釈が異なるのと同じ。日本と某東アジアの国の歴史認識とか、、


カーはさすがに歴史家で、両者の意見があるとしっかり説明してくれた上で、「後世の人間が出来事にバイアスかけて解釈していくことの積み重ねこそが歴史に他ならない」、とまとめている。突然悪者が名誉回復したりとか、まあそういう意味で中立な出来事に、流動的に二元的な解釈を加えていく作業とかそういうところか。そんな歴史の作られる過程こそまさに国際政治というわけで、まずは読んでみるべきかなあ、と。新書だしサクっと読めるかな。



このリアリズムとリベラリズムの二元論について詳しくなろうとするための追加宿題を数冊。
1.E・H・カー『危機の二十年』:『歴史とは何か』では本当に薄くてちょっとした概念しか挙げていないので、戦間期の歴史的事例にもとづいてカーが検証を加えた一冊。

危機の二十年――理想と現実 (岩波文庫)

危機の二十年――理想と現実 (岩波文庫)

2.中江兆民『三酔人桂林問答』:これも概念的な話なんだけど、たぶん一歩踏み込んでいる。寓話形式で楽しく読める。ちなみに、当初はこのジャンルの1冊目に僕はこの本を挙げようとした。しかし彼女に「知名度が低いので却下」されたという苦い記憶が。
三酔人経綸問答 (岩波文庫)

三酔人経綸問答 (岩波文庫)

3.高坂正堯『国際政治』、坂本義和『地球時代の国際政治』:前者がリアリズム、後者がリベラリズムの学者の本。なんじゃこりゃ、というぐらいぜんぜん違う。
国際政治―恐怖と希望 (1966年) (中公新書)

国際政治―恐怖と希望 (1966年) (中公新書)


2冊目

グレアム・アリソン『決定の本質』

決定の本質―キューバ・ミサイル危機の分析

決定の本質―キューバ・ミサイル危機の分析

これは僕が政治学で1冊挙げろと言われたらこれを挙げるというぐらい、別格の名著だと思う。とんでもなく長いので、抄訳でもいいかもしれないけど。


本書では、政策の意思決定モデルを3つ定義している

  1. 合理的行為者モデル:単一で、合理的な思考を持った政府中枢が、各種情報を最も合理的に解釈して行動するモデル
  2. 組織過程モデル:いくつかの組織によって細分化された政府が、いくつかの行動パターンのルーチンにしたがって行動するモデル
  3. 政府内政治モデル:政府内の個別メンバーのパワーバランスに沿って、各人の意見・信念などが調整されて、最終的な行動を決定するモデル


この3モデルを定義した上で、実際の出来事(1962年のキューバミサイル危機)において、3モデルに沿ってアメリカ政府がどのような意思決定プロセスを経て、行動してきたか、を丹念に解釈していく、というもの。どのモデルだったら事象のどこに着目して、どのような帰結をたどって結論に至るのかが、きれいに比較されながら進んでいくので、ものすごい長いけど、だれることなくすらすらと読み進めることができる。


国際政治って、学問としてそもそもありなの?という疑問はある。それって"試行錯誤ができないので、事例が極めて少ない""定量的なデータがほとんど取れない"の2点にある。したがって、中々多くの事象から一般的な理論・結論を導き出そうという試みは成功しない傾向にある。アリソンはそのへんをよくわかっていて、本書のあとがきで「無理に一般的な理論を導き出そうとするよりも、1つ1つの行為をつぶさに観察・分析し、そこから出されるパラダイムを積み上げていこう」というような事を言っている。そうなんだよねー。国際政治って、ほとんどxx説とか、xx説みたいなセオリーが無いので(上記の2派ぐらいにしかわかれない)、まだまだ発展途上といえば発展途上。永遠に発展しないんじゃないか、と思っているけど。


もうひとつすごいのは、1977年に本書を出したとき、アリソンはまだ28歳だったということだ。僕の今の年でこんなもんをガンガン書いていたと思うと、到底たどり着けない領域じゃないですか。。*2というわけで、30年たった現在でも、ケネディスクールに行けば58歳のアリソン教授に師事できるチャンスがある、というのも大変すばらしいことである。


この手の理論→実践の実証研究を積み上げるなら、何を読めばいいかなあ。考えてみたけど、次に続く本があまり見当たらない。本書をきっかけに生まれたいくつかの批判とそれに対する回答の論点とか丁寧に追っていくと面白いかと思うけど、英語ばっかりだしなあ、、


と思っていたら1個思い出した
ジョセフ・ナイ国際紛争

国際紛争―理論と歴史

国際紛争―理論と歴史

これはペロポネソス戦争から第二次世界大戦まで、主要な戦争を網羅し、その事象からどんな理論が生まれて研究されてきたかを丹念に調べている良書。教科書的にも読めるし、一般論と実例のバランスがうまく取れているんじゃないかな、と思う。これは、次の3番目のジャンルの1冊目にあげても良いかもしれない。

3冊目

P・W・シンガー『戦争請負会社』

戦争請負会社

戦争請負会社

21世紀。911も起こったし、世界の政治をめぐる状況は大きく変わっている。そんな状況に良い枠組みとかはないものか、と思っていたときに読んで目から鱗が落ちた本。


「21世紀においては、軍事行動が法人企業化したことが最大の変化である」という命題に沿って、現在世界中で起きている軍事行動をつぶさに分析・解説している。現代では、独裁者が電話一本で「来週までに戦車200台と精兵3000人手配して欲しいんだけど」といえば、きちんと全部そろうんだそうだ。また、ビジネス界におけるコンサルティング会社のようなすみわけも出来ていて、Mckinseyのように、戦略だけを策定する会社もあれば、Accentureのように軍事システムを丸ごとアウトソーシングする会社もあるとか。そういうレベルにまで、軍事の企業活動家は進んでいて、要は、そういう変化を、体系的に述べている、という話。




  • 古代カルタゴにはじまる傭兵の歴史
  • 戦争の技術革新による個々人の技量から集団線への変化
  • 冷戦終結後の安全保障上の真空状態
  • 紛争の解決手段と警備との境界線
  • 軍事行動の変化・専門分化
  • 軍事企業のグローバル化

こんなテーマについて言及してある。メモが手書きなので、これ以上細かく書き写すのが面倒で、ここだけ分量少な目。でも間違いなく本書は必読だと思う。


21世紀的な話としては、ハンチントンの『文明の衝突』もあるけど、まあちょっとオススメはできないかな。現在までの大きな歴史をたどる、という意味ではP・ケネディ『大国の興亡』とかかなあ。

さらにディープな世界に入るには・・・

というあたりで、エッセンスはほぼつかめるはず。同時に、国際政治ってのが、いろんなものを内包していてつかみ所がないってのもわかってくる。


なので、この分野で学者として際立つのは結構大変。修論でも書こうというならば、それこそ圧倒的な天才肌でとんでもない理論をぶち上げるか、さもなければ、既存の理論と過去の出来事の組み合わせで、まだ分析されていないものを探し出して丁寧に事象を追っていくしかない。その過程で読み込む資料は、世界中の過去の蓄積を網羅する必要があるので、当然膨大なものになり、トン単位で資料を読まなきゃ話にならん、とかそんな世界になる。


その上で、最近世界中で起こっている状況にもアンテナを張っておかないといけない。中々深くもぐりこむのは大変だ。僕が修士以降に進まないで就職しちゃったのは、その辺が理由の30%ぐらいかなあ。


今思うと、そういうのを押してでも楽しく学問を突き詰められたんじゃないか?と思わなくもない。うーん。よくわからん。

*1:そんなもんがあるのかどうか知らないけど

*2:仕方が無いのは、アリソンは間違いなく本書出版が人生の最高点だったということ。それぐらい良すぎて、後の研究かすべて色あせたものに見えてしまう感は否めない